池田屋突入(その3)・・・入り口を固めた隊士

表側(三条通)

不逞浪士の援軍や逃亡を防ぐため池田屋の入り口が固められました。
入り口を固めた隊士は現在のところ、次の2つの説があります。

★永倉新八説
「浪士文久報国記事」によれば、槍使いの武田観柳斎、谷万太郎の2人が、池田屋の入り口を固めたとされており、これに浅野早太郎を加えた3人が入り口を固めたものと思われます。

★近藤勇説
元治元年6月8日付の書簡では、谷万太郎ではなく谷三十郎とされています。

裏庭

裏庭は、奥沢栄助、安藤早太郎、新田革左衛門により固められました。

長州藩邸が裏口を出てすぐの所にあったことから、続々と不逞浪士がこの場所に逃げ込んできました。

そしてまた、裏庭も両者にとっての修羅場になりました。

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