池田屋事件のその後・・・事件の終結、そして歴史の表舞台へ

池田屋内の捜査を終えた隊士たちは、休む間もなく、会津藩兵とともに京の町に残存する不逞浪士たちの掃討に出動します。

浪士掃討は翌6日の午前9時までには終了し、これにて「池田屋事件」は終結しました。

祇園会所で隊士をまとめた近藤は、威風堂々と壬生の屯所へ凱旋しました。

先頭を歩くのは沖田総司。真っ青な顔で土方歳三の介添えを受けていたといわれています。また、一番の活躍を見せた永倉は、右手に曲がってしまった刀をさげ、左手は応急手当の手拭いから血をにじみ出ていたといいます。

傷つきながらも晴れがましい彼らの姿は、あたかも吉良邸討ち入りを成功させた赤穂浪士を彷彿させるものだったといわれています。

そして、この凱旋は新選組が歴史の表舞台に立った瞬間でもありました。

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