【ペリーはなぜ日本を選んだのか】

1.経緯
1840年のイギリス・清(中国)間でアヘン戦争をはじめ、1840年〜1850年にかけては、ヨーロッパ各国のアジアにおける植民地の獲得競争が熾烈を極めた時期でした。

この頃アメリカもフロンティアスピリットをもって、西部開拓を推進していました。
そしてそのフロンティアスピリットは西海岸の先に広がる太平洋へと発展していきます。

当時、太平洋航路は既に確立されれいましたが、それは帆船のもの。
もし、汽船の太平洋航路が確立されればスピードだけではなく量においてもヨーロッパ各国と肩を並べられると考えました。

そして、その寄港地として浮上したのが日本でした。

2.決め手は鯨
当時、汽船を動かす際、鯨油は必要不可欠なものでした。
そして、日本近海では鯨がよく捕れました。

地理的条件、そして鯨が捕れるという条件、これらが重なりあい日本は寄港地として脚光を浴び始めました。

3.黒船来航、仕掛け人はペリー本人!
ペリーは、政府に対し熱心に日本進出の急務を説きます。
ちょうどその頃、アメリカの捕鯨船の乗組員が日本で冷遇されているという報告もあり、ペリーは捕鯨協会をも動かして説得にあたりました。


トップ