【老中・阿部正弘の対外政策】
〜幕閣はあてにならないみて、これまで禁断とされてきた諸大名に意見を求めた阿部であったが〜

1.諸大名に意見を求める
筆頭老中・阿部正弘は譜代・外様大名や旗本などに対外政策について幅広く意見を求めました。

これまで幕政に口出しできるものは限られており、特に外様大名に意見を求めることなどあり得ないことでしたが、「ガチガチ頭の幕閣はあてにならない」とみて、本来参政権を持たない諸大名たちに期待をかけることになりました。


2.阿部正弘VS抵抗勢力
幕閣の中には
・外様大名の政治参加は謀反の一因になる
・幕府に打開策を持つ人間がいないことを天下に告示するようなものである
と考え反対する抵抗勢力がいました。

しかし、抵抗勢力こそまさに阿部のいう「ガチガチ頭の幕閣」だったのでしょう。


3.勝海舟、現る
阿部正弘は大名だけにとどまらず、幅広く意見を求めます。
集まった意見書は700通にも及びましたが、その中の1つに勝海舟が書いた「海防意見書」もありました。

卓越した勝海舟の意見書は阿部正弘に認められ、勝海舟は幕府要職に就く機会を得ました。


4.黒船再来航に備えて
ペリーは「明春 また来る」と去って行きましたが、時間はあまりありません。
「品川台場」の構築、謀反防止のために禁じられていた「大船建造」の解禁など黒船の再来航に備え準備を進めます。

※品川台場・・・場所は今の「お台場」で、砲台の台座のレプリカだけが残ってます。
※大船建造・・・神奈川県の大船ではありません。大きな船という意味です。


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