【ペリーの黒船再来航】
〜春ではなく正月に来てしまった真相〜

1.ペリー再来航が早まった理由
ペリーの来航が「明春また来る」と予告していた時期よりずっと早くなってしまったのは、世界情勢が慌ただしく、イギリスは清の植民地化に邁進し、ロシアも貿易拡大を目論み日本へ迫るという、予断を許さない状況になっていたからです。



2.交渉場所は横浜
幕府は交渉場所を横浜に指定しました。これは江戸から少しでも遠いところを指定し、開国か否かの方針統一に時間を稼ごうとしたからです。

これに対しペリーは大砲による威嚇射撃で迅速な対応を迫りました。

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