【土方歳三、天然理心流・試衛館に入門】
〜入門するまでの間、土方歳三は何してたのか?〜

1.近藤勇との出会い
土方歳三が入門する八年前の嘉永四年(1851年)。

天然理心流の出稽古先となっていた佐藤彦五郎道場で剣を握り始めた土方歳三は、そこで出稽古に来た近藤勇と運命の出会いを果たしました。
年齢が一年違うだけの二人はすぐに意気投合し、兄弟のように親交するようになりました。

土方歳三が「われ壮年武人となりて名を天下に挙げん」といって武士になる夢を見始めたのもちょうどこの頃でした。


2.出会いから入門までの八年間

土方歳三は、近藤と出会った佐藤彦五郎邸の道場に通うかたわら実家で家業を手伝うことになっていました。
土方家では、農業を営むほかに石田散薬とい家伝薬を製造販売していましたが、歳三は、農作業を極度に嫌ったため、農作業の代わりに石田散薬を売り歩くことを願い出ました。

石田散発は打ち身や捻挫に効能がある藻で、酒で服用することになっており、のちには新撰組の常備薬となったともいわれています。



原料は土方家付近を流れる浅川の辺に自生する牛革草で、毎年八月の土用の丑の日に刈り取ることになっていました。村中総出で行われる刈り取り・製造の采配は、歳三がとったといわれ、販売まで担当していました。

もっとも、歳三が石田散薬の製造販売を願い出たのには、ある目的がありました。

それは得意先への行商に剣術道具一式を持ち歩き、行く先々で他流試合を申し込むことでした。彦五郎邸の道場で地道に修行するよりも、こうした他流試合の方が土方歳三の嗜好に合っていたのでしょう。

そんな歳三も近藤勇との関係から江戸の試衛館に足を運ぶようになり、出会いから八年後の安政六年、ようやく正式入門の決意を固めました。

トップ