【坂下門外の変】
〜あくまでも正論で臨んだ安藤信正であったが〜

1.坂下門外の変
井伊直弼の後を継いだ老中・安藤信正が、江戸城坂下門外で倒幕を志す浪士らに襲撃された事件を「坂下門外の変」といいます。

襲撃された原因は主に下記の3つです。

・井伊直弼の政権下で重職を担い、その意志を最も引き継ぐと思われる人物だったから。
・老中と同時に外国方に任命されアメリカとの対応に当たっていたから。
・和宮降嫁による公武合体論を実行したから

刺客たちに襲撃された安藤正信でしたが、桜田門外の変の教訓を受け守りを固めていたため一命はとりとめました。しかし、その場から逃れた不名誉を追求され、老中職を解任されてしまいます。


2.「じゃあ、一体どうすればいいの?」と思ったであろう安藤信正
安藤信正は井伊直弼のような力任せの弾圧を嫌い正論と信義で国難に立ち向かおうとしていました。

その代表的な策が公武合体であり、朝廷と力を合わせることで、朝廷の権威をバックに反幕府の意志を表明している尊王攘夷派の目的をなくしてしまおうという秘策でした。

しかし、このことが「和宮を略奪された」とかえって反感をかい、襲撃される結果となりました。

押しても引いても何をやってもうまくいかない幕府。
こうして「幕府に国政は任せておけぬ」という気運はいよいよ歯止めがきかなくなっていきました。


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