【殿内義雄殺害】
〜大河は芹沢、記録は近藤グループ〜

1.主導権争い
芹沢・近藤グループと殿内・家里グループはともに会津藩の配下となりましたが、両グループ間の「志」の違い、及び主導権争いなどから対立していたため一緒に行動することはありませんでした。


2.殿内・家里グループの一掃
芹沢・近藤グループは主導権争いを有利に展開するため会津藩を招いて壬生狂言を見物していました。

そして、この夜京都四条大橋で殿内義雄が殺害されました。
殿内は旅装だったといい争いに敗れたことを感じて京都から去るところだったのかもしれません。

誰が斬ったのか?
後の近藤の手紙に「殿内に天誅を下した」とあることから近藤グループの誰かということは間違いないようです。いろいろな情報が錯綜しており、近藤、沖田などの名前があがってます。

その後、家里次郎が潜伏先の大坂で詰め腹を切らされ、リーダーを失った5人は江戸に戻り、浪士組の後進「新徴組」に復帰しました。

このころはまだ「局中法度」のような厳しい規則はありませんでしたが、このころから暗黙のうちに「局を脱するを許さず」、「士道に背きまじきこと」が実行されていました。


3.香取慎吾のイメージは大切に
大河ドラマでは近藤ではなく芹沢が殿内義雄を斬っています。また、清河八郎を暗殺しようとする芹沢に対し、近藤は仲間に逃がすよう指示をしています。さらにその前にはヒュースケンを逃がしたりしています。(ヒュースケンは後に清河が暗殺)

このように、大河ドラマではかなりあまさが目立つ近藤勇ですが、三谷幸喜は、はじめからこういう脚本にするつもりだったのか、あるいはSMAP香取慎吾のイメージ(国民的アイドルが人斬りの先頭に立ってはまずかろう)ありきで脚色したのか、はたしてどうなのでしょうか。


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