【芹沢鴨暗殺】
〜土方歳三の大作戦(準備)〜

1.芹沢鴨の武勇伝と土方歳三
大和屋焼き討ち事件を引き起こした芹沢鴨は、かなりの人物だったと記録されています。しかし、その反面、ものすごい酒乱という欠点を持ち合わせていました。

島原遊郭の角屋(すみや)の酒席では、接客態度に腹を立て、店の道具類を破壊、さらに近くにいた土方歳三をつかまえ「これで気分がさっぱりしたので、この角屋を営業停止にする」と言い放ったと言われています。

さらに大坂新町の吉田屋では、二人の芸妓(げいき)が自分の思うとおりにならないことに腹を立て、その髪を切ることを命じました。
そして、そんな芹沢に従って断髪したのが、平山五郎と土方歳三でした。

さて、”土方歳三”という名が2回出てきました。
近藤グループの土方がなぜ芹沢と同じ酒席に顔を出していたのでしょうか。
実は、これは策略だったのです。
ある大きなことを成し遂げるため、あえて乱暴がエスカレートしつつある芹沢と良好な関係を保っていたのでした。


2.芹沢鴨召し捕り命令
そんな土方歳三の行動の裏には、もちろん訳があります。

ある日、近藤は会津藩に呼び出され、朝廷筋から芹沢鴨を召し捕るようにとの沙汰が出されたという旨の報告を受けます。

屯所に戻った近藤は幹部達に相談します。
しかし、壬生浪士創設の張本人、筆頭局長の芹沢鴨を召し捕って差し出してはまずかろうということになりました。

そこで近藤は考えます。
芹沢を召し捕るようにという沙汰とは、はたして単純に召し捕るだけの軽いものでいいのか、あるいは抹殺せよという意味が含まれているのか。
そして近藤が選択したのは「暗殺」でした。

こうして、芹沢鴨とその仲間の一掃、しいては主導権奪取という計画実行に向け、秘密裏に事を運んでいきました。ちなみに近藤がこの計画実行に選んだのは、天然理心流門人で運命共同体とも言える山南、土方、沖田、井上の4人でした。

※このメンバーには様々な説がありますが、ここでは永倉新八が推測した上記メンバーをもとに話を進めたいと思います。

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