【新撰組、壬生から西本願寺へ屯所移転】
〜なぜ西本願寺なのか〜

近藤・土方が目を付けた西本願寺
江戸での隊士募集などもあり、壬生の屯所が手狭になった新撰組は、新たな屯所を探し始めます。そして近藤・土方が目を付けたのは、西本願寺の北集会所(きたしゅうえしょ)という建物でした。

北集会所は、300畳ほどの講堂、その周りに広い縁側、正面が29m、側面が36mという大規模なものでした。さらに、この建物は、全国から僧侶が集まった際の会場としてたまに使用されているだけで、日常的には閉鎖されていました。

また、西本願寺はかねてより長州藩に好意的で、池田屋事件や禁門の変の後にも長州藩関係者をかくまった事実があり、新撰組がここに屯所を置くことで今後アジトになることを防げるという意味もありました。

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