【伊東甲子太郎、独自行動開始】
〜近藤勇とともに再度広島へ出発した伊東だったが〜

近藤勇ら再度広島へ
前回の長井尚志ら長州訊問使の報告を受けた幕府は、長州処分案を決定。
幕府はそれを通達するために老中・小笠原長行ら使節を派遣することになりました。

前年無念の帰京となってしまった近藤らは、この使節に同行することになり、再度広島に向けて出発しました。


伊東作戦開始
新撰組から参加したのは、 近藤勇、伊東甲子太郎、尾形俊太郎、篠原泰之進の4名でした。前回の武田観柳斎にかわって篠原泰之進を同行させたのは、腹心を同行させたいという伊東の希望によるものでした。、


伊東の独自行動開始
広島に到着した4人は、より多くの成果を上げるため、近藤と尾形、伊東と篠原の2グループに分けて行動することになりました。

これが伊東の狙いでした。

入隊時に「尊王攘夷集団である」と説明を受けた新撰組が幕府の手下となっていることに不満を抱いていた伊東は、ついに独自の行動を開始することになります。

伊東は、諸藩の代表と面談し、尊王攘夷をリードしてきた長州藩の赦免を論じてまわります。これは、幕府の意向と全く正反対の行動でした。

近藤と伊東は帰路も別行動をとり、ともにこの年の3月に帰京しました。


幕府が告げた長州処分案と長州の反応
幕府は、長州処分案として、10万石の削封を申しつけました。

しかし、長州はこの削封を受け入れることはありませんでした。
なぜならば、この間、幕末史を大きくかえたある出来事が起こっていたからです。

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