【藤堂平助が離隊した理由】
〜試衛館メンバーからの離隊〜

藤堂が離隊した理由
藤堂は、1864年の池田屋事件で負傷後、1865年の5月まで江戸に下っていたため、その間に新撰組が尊王攘夷集団から幕府の一機関へと体質を大きく変えていった時期を経験していません。おそらく、復帰したときには、この新撰組の変貌に驚いたに違いありません。

尊王攘夷の理想に燃える伊東に入隊をすすめた藤堂は、伊東が理想とする姿とはほど遠い組織に変貌してしまったことに対し申し訳ないと思ったに違いありません。

このようなことから、藤堂が試衛館メンバーから離れて伊東に同行するのも無理はないと考えられます。


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