【油小路事件と藤堂平助の死】
〜御陵衛士の皮肉な結末〜

御陵衛士をおびき出す
伊東の暗殺を成功させた新撰組が次にとった行動は、残る御陵衛士をおびき出し一掃する作戦でした。

息のかかった者に町役人を装わせ、御陵衛士屯所に
「何者かが先刻、伊東氏に深手を負わせたので、早々にお引き取りくださるように」
と告げさせます。

逃げ帰った従者が、その異変を伝えるであろうが、確実に知らせるためこのような作戦をとりました。

新撰組は、戦闘スペース確保、及び発見されやすくするため、本光寺に倒れる伊東の遺体を引きずり、油小路通を北に七条通との交差点まで運びました。

隊士を指揮することになったのは、永倉新八と原田左之助でした。


御陵衛士出動
知らせを受けたとき、御陵衛士屯所に居合わせたのは、三木三郎、篠原泰之進、服部武雄、藤堂平助、加納鷲雄、毛利有之助、富山弥兵衛、橋本皆助の8人のみでした。

愕然とした8人は、それでも駕籠を雇って、七条油小路に向かうことにしました。

その準備中、服部が、「敵は新撰組に決まっているから、皆が防具を着用するべきだ」と提案したましたが、「もし新撰組と戦うのであれば、敵は多勢。とはいっても防具をつけたにもかかわらず討ち死にしては、その怯えが後世の笑いものになってしまう」との三木の発言により、平時の服装で出かけることになりました。

8人が七条油小路に到着したとき、時刻は午前零時をまわろうとしていました。そして確かに伊東の変わり果てた姿を確認しました。


藤堂平助の死
藤堂が、伊東を収容した駕籠の垂れ幕を下ろそうとした時でした。一発の銃声が轟き、新撰組が一斉に襲いかかりました。

合図と同時に藤堂は背後から一刀を浴びてしまいます。さらに振り向きざま二の太刀を顔面に受け、絶命しました。

「藤堂平助がくるかもしれない。もしきたら助けるように」と密かに永倉、原田に要請していた近藤の願いも虚しく、最期をむかえたのでした。


御陵衛士、うまく逃げる
その後、本格的な戦闘がはじまりますが、新撰組は多勢かつ防具着用、御陵衛士は無勢かつ防具未着用。あらかに不利な御陵衛士でしたが、まず富山が新撰組の攻撃を切り抜け、さらに三木、篠原、加納、橋本が戦場を離れることに成功しました。

残された、毛利と服部は、新撰組に包囲され戦うことになりました。

そしてまず服部が背後から切り立てられ絶命します。

残された服部でしたが、新撰組はなかなか致命傷をおわせることができません。
実は服部は密かに防具を着用していたからです。

苦戦する新撰組でしたが、服部の大刀が折れたのを機に一気に襲いかかり、ついに絶命します。


御陵衛士、皮肉な結末
新撰組は午前四時ごろ現場を引き上げています。
その場を脱出したものは、薩摩藩などにかくまわれることになりましが、伊東の死により御陵衛士は壊滅します。

この夜は、御陵衛士が新撰組からの襲撃を受けたことで、伊東がかねてから目標としていた新撰組の敵対勢力であることを尊王運動家に証明できた夜であり、と同時に御陵衛士が壊滅した夜でもありました。

伊東は自らの死をもって自らの尊王運動家としての潔白を証明するという皮肉な結末をむかえることになりました。


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