【近藤勇狙撃事件】
〜近藤勇危機一髪〜

新撰組二条城入城&退去
慶喜が大坂に下るため二条城を退去することになり、新撰組は、二条城への入城を命じられ、さらに守備を依頼されます。

二条城の守備という名誉のある任務に就いた新撰組でしたが、実は水戸藩にも同様の命令が下っていました。

挨拶に訪れた近藤に対し、水戸藩士の対応は冷たく、他に守備を命じられた者があるなどと聞いていないので、新撰組が守備につく必要はないと言い捨てました。

それに対し近藤は、自分たちの命を受けていることを述べた上で、
「二条城の守備は非常に重要なことなので、新撰組をはじめ会津や桑名藩も加わり、堅固を重ねて守るべきです。あなた方の指揮に従い、一命をなげうつ覚悟でございますので、ご承諾ください」と反論した。

しかし、水戸藩は譲らず、交渉は決裂。近藤はすざましい剣幕でその場を立ち去りました。

翌日、新撰組は、大坂城に本営をおく幕府の最前線、伏見の警護を命じられました。



近藤勇狙撃事件
新撰組が伏見奉行所に入った2日後、近藤は旧幕府の軍議に出席するため二条城に向かいました。

この情報を察知した元御陵衛士らは、近藤が伏見へ帰るところを襲撃する計画を立てました。
鉄砲を手にしたのは、阿部十郎と富山弥兵衛。民家の2階に陣取り、残りは刀槍を手に潜んでいました。

午後4時頃、馬にまたがった近藤がやってきました。護衛は、島田魁、横倉甚五郎、井上新左衛門のわずか3人、あとは芳助という男が馬のくつわを握っているだけでした。

近藤に狙い定めた富山が引き金を引くと、弾丸は近藤の右肩に命中。さらに阿部が近藤を襲います。しかし、幸いにも近藤を逸れました。

近藤は、何とか落馬は凌いだものの、鞍の上に前のめりとなり、不意をつかれた護衛のものたちも一瞬騒然となりましたが、冷静でした。馬の尻を刀で叩き、驚いた馬は近藤を乗せたまま伏見に向かって走り去りました。

そして、今度はその近藤一行に向かって、潜んでいた元御陵衛士たちが斬りかかりました。しかし、島田らは応戦しません。あくまでの近藤の護衛が任務でしたので、近藤が途中で落馬しないよう、近藤が乗った馬のあとを追って走り出しました。

奉行所についた近藤は、右手が動かないほどの重傷でした。
近藤は沖田総司とともに松本良順の治療を受けるため大坂に下りました。

そして、しばらくの間、新撰組は土方歳三に任されることになりました。


元御陵衛士その後
元御陵衛士たちは薩摩藩邸に戻りましたが、

「鉄砲があったのであれば、なぜ馬を撃たなかった。人を撃とうするのは誤りだ」

と指摘されたそうです。

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