【新撰組、流山へ布陣】
〜会津を目指して〜

会津を目指して
近藤と永倉らとの決別は、会津行きをめぐってのものでしたが、近藤自身、会津に向かうことは納得の事項でした。

ただ、近藤が永倉に誘われた際に難色を示したのは、戦死や離隊で弱体化した新撰組を再生し近代兵器の訓練を行った上で堂々と会津に行きたいと考えていたためでした。


五兵衛新田へ
48人の隊士たちは、松本良順の紹介で五兵衛新田(東京都足立区綾瀬)へ転陣、そこで隊士を募集するとともに、軍事訓練を行いました。

その合間、付近の綾瀬川では、土方歳三がのんびりと釣りを楽しむ姿が見られ、その容姿に村の娘たちが騒いだという話が残されています。

流山へ
隊士を227人までに増加させた新撰組は、突然、五兵衛新田から姿を消し、流山に転陣します。

これは、宇都宮を目指す新政府軍が、付近の千住に入ったことが原因でした。
恭順を決した慶喜の意向を尊重する意味でも、江戸付近での戦いは避けなければならない、さらに今の新撰組の力では勝沼戦争の二の舞になってしまうと考えたのでしょう。


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