【近藤勇の首の行方】
〜京都三条大橋に晒された後?〜

近藤勇の首
板橋で処刑された近藤勇の首は、一度、その場で晒された後、近藤が着用していた羽織をかぶせられ、新政府軍本営に運ばれました。

その後、白木綿を巻き焼酎漬けにされ、京都に発送、三条大橋で3日間、晒しにされています。これは、京都の人々に時代が変わったことを知らせるよい宣伝材料になったとされています。

その後、近藤の首は東本願寺の手を経て東山山中に埋葬され石碑もたてられましたが、現在はその場所が不明になっています。

一方、胴体は、そのまま刑場に埋められましたが、夜になって寿徳寺境外墓地に埋葬され、後に有志によって葬儀が行われました。


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