【沖田総司の最期】
〜療養を続けた総司であったが・・・〜

沖田総司の最期
甲陽鎮撫隊に同行した沖田でしたが、予期せぬ早期の敗走により新撰組とともに江戸に戻ることになりました。

沖田は負傷した隊士とともに今戸八幡宮にいる松本良順のもとへ送られ、しばらくこの場で療養することになりました。

その後、松本良順と負傷隊士らの会津行きが決まりましたが、既にそれだけの体力が残されていなかった沖田は、千駄ヶ谷の植木職人・柴田平五郎のもとで療養することになりました。

その間、近藤勇が出頭、斬首に処せらましたが、沖田の容態を気づかう周りのものが口を閉ざし、沖田に知らされることはありませんでした。

そして、近藤の死から約1ヶ月後、そのまま帰らぬ人となりました。

沖田は死ぬ前日まで
「先生はどうなされたのだろう、お便りは来ませんか」
と近藤のことを気にかけていたといいます。

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