1174年(16歳)〜1180年(22歳) 武蔵坊弁慶との出会い
ポイント箇条書き
弁慶との出会いの時期に関しては、いくつか説があるが、どれも作り話と思われる。
【その1:平泉到着後説(16〜22歳)】
平泉にいた義経だが平家打倒のためには京都の情勢を知る必要があると考え、ひそかに京都へ潜入、その時弁慶に出会ったという説。(目的に対しリスクが大きすぎる)
【その2:牛若丸時代説(7〜16歳)】
鞍馬寺にいる牛若丸時代に出会ったという説。子供が大人を倒すという痛快さから、ほとんどの芝居でこちらの説を採用している。(どちらかと言えばこちらが妥当だが、芝居向けに作られたという印象が強い)
武蔵坊弁慶は、1000本の刀を奪い取るという願をかけ、あと1本というところまでせまっていた。京都の人々は弁慶を恐れ夜は出歩かないようになっていた。そこへ、義経が登場。もし自分が勝ったら家来になれと申しつけ、勝負する。しかし、義経の機動力の前に弁慶はあっさり打ち負かされる。
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