1185年(27歳) 義経へのクレームと兄弟の亀裂
ポイント箇条書き
義経は京都に凱旋する。頼朝も戦勝の報告は受けており、義経に恩賞を与えようとしていた。
しかし、義経に対するクレームが届いた。
【源範頼からのクレーム】
・自分に一任されている九州の管理を横取りされた。

・関東の御家人に厳しく、わずかなミスでも処罰する。
・頼朝に報告せず独断で物事を進める。
【梶原景時からのクレーム(というより中傷)】
・何かと高慢なので、誰も心から従うものはいない。
・戦の手柄は自分一人のもののように考える。
・頼朝より法皇を重んじる。
・24名の御家人が、義経の真似をして官位を受けた。
・西国は義経が頂戴すると言っている。
・もし私が正すよう忠告すれば、私は処罰される雰囲気。
【頼朝からの発令】
・官位を受けた24名の御家人は、帰ってきてはならない。
・頼朝に忠を尽くす者は、今後、義経に従ってはならない。
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