1186年(28歳) 義経、京都近辺を転々としながら逃亡
ポイント箇条書き
頼朝は全国に捜査網を張りめぐらせたが、義経・行家の消息はつかめないままだった。
その間、義経は延暦寺や興福寺など京都近辺を転々としながら逃亡をを続けていた。
しかし、捜査の範囲は次第に狭められていき、行家をはじめ、家来たちが次々に討たれたり、捕らえられたりするようになった。
義経は朝廷の手助けもあって各所に潜伏し続けた。しかし、頼朝はこれを見破り厳しく追及した。これにより朝廷もさすがに手助けすることができなくなり、ついに義経は京都近辺での居場所を失った。
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