1187年(29歳)〜1188年(30歳) 藤原秀衡の死と頼朝の圧力
ポイント箇条書き
藤原秀衡を頼りに奥州入りした義経だったが、到着後まもなくその秀衡が没してしまう。秀衡は臨終に際し、息子の泰衡(渡辺いっけい)、國衡(長嶋一茂)、忠衡(ユキリョウイチ)らを枕元に呼び、兄弟仲良くし、義経を主君として仕えるようにと遺言した。
一方、奥州に義経がいることを知った頼朝は、泰衡に対して義経の身柄を引き渡すよう命じた。また朝廷からも同じ内容の命が下された。その後、頼朝、朝廷から再三、義経の身柄引き渡しを迫られるが、泰衡は遺言を守りこれに応じなかった。
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