読める義経年表/大河ドラマ放送日との対応表
西暦 年齢 月日 主な出来事 放送日
1156 - 7月17日 崇徳上皇と後白河天皇の対立から保元の乱勃発。平清盛・義経の父源義朝は後白河天皇方につき、勝利。

これ以降の日本は?
平清盛 VS 源義朝

武士同士が争う
源平争乱の時代に突入

1158 - 8月11日 後白河天皇が上皇となり、院政を始める。
1159 1 源義経誕生(幼名:牛若)
12月4日 平清盛、熊野詣に出発。
12月9日 平清盛の留守をねらい、藤原信頼・源義朝がクーデターを起こすが敗れる。(平治の乱) 第1回
「運命の子」
(1月9日放送)
12月 母常盤は義経ら3人の子供を連れて逃亡。 第1回
「運命の子」
(1月9日放送)
1160 2 1月3日 父義朝、逃亡先の尾張で家来に裏切られ殺される。

これ以降の日本は?
平清盛率いる平氏全盛期

第1回
「運命の子」
(1月9日放送)
2月 頼朝が捕獲され、伊豆に流れる。 第1回
「運命の子」
(1月9日放送)
義朝の死を知った常盤は平氏に出頭。捕らえられた母と3人の子の命を助けてくれと嘆願し清盛は了承する。 第1回
「運命の子」
(1月9日放送)
1165 7 義経、鞍馬寺に入れられ、俗世から隔離される。また牛若から遮那王(しゃなおう)に改める。 第3回
「源氏の御曹司」
(1月23日放送)
1167 9 2月11日 平清盛、太政大臣となり政権の安定をはかる。 第3回
「源氏の御曹司」
(1月23日放送)
1168 10 2月11日 平清盛、出家。坊主頭になる。 第4回
「鞍馬の遮那王」
(1月30日放送)
1169 11 義経、自分が源氏の嫡流と知り、打倒平氏に燃える。 第3回
「源氏の御曹司」
(1月23日放送)
6月17日 後白河上皇が出家し法皇となり、坊主頭にもなる。 第4回
「鞍馬の遮那王」
(1月30日放送)
1170 12 5月25日 藤原秀衡、鎮守府将軍(奥州をおさめる政府の将軍)となり、奥州藤原氏はますます繁栄する。 第6回
「我が兄頼朝」
(2月13日放送)
1174 16 義経、金売り吉次と出会い、奥州平泉の藤原秀衡のもとへ向かう。途中、元服し名前を義経に改める。 第9回
「義経誕生」

(3月6日放送)
1177 19 6月1日 京都東山の鹿ヶ谷で、平氏を討つ計画が相談されたが、平氏に知れ、参加者は罰せられる。(鹿ヶ谷事件) 第11回
「嵐の前夜」

(3月20日放送)
1178 20 平清盛の娘徳子、安徳天皇を出産。 第12回
「驕る平家」

(3月27日放送)
1179 21 11月20日 平清盛、後白河法皇を鳥羽殿に閉じこめ、院政をやめさせる。 第12回
「驕る平家」

(3月27日放送)
1180 22 2月20日 平清盛の孫、安徳天皇が即位。 第12回
「驕る平家」

(3月27日放送)
4月9日 後白河法皇の次男・以仁王(もちひとおう)が、源頼政のすすめで、源頼朝、木曽義仲ら東国の源氏に平氏を討つよう令旨を下す。 第13回
「源氏の決起」
(4月3日放送)
5月26日 以仁王と源頼政が宇治川で討たれる。 第14回
「さらば奥州」
(4月10日放送)
6月2日 平清盛、政治を一新するためには、寺院の影響を受ける京都はふさわしくないとして、都を福原(神戸市)に移す。 第14回
「さらば奥州」
(4月10日放送)
8月17日 頼朝、伊豆で挙兵する。その後敗北し安房に逃亡。 第14回
「さらば奥州」
(4月10日放送)
9月7日 木曽義仲、信濃で挙兵する。 第14回
「さらば奥州」
(4月10日放送)
10月6日 頼朝、鎌倉に入る。 第15回
「兄と弟」

(4月17日放送)
10月20日 頼朝、富士川の戦いで平氏を破る。というか平氏が戦わずして逃亡。 第15回
「兄と弟」

(4月17日放送)
10月21日 義経が奥州平泉より黄瀬川にいた頼朝のもとにかけつけ、対面。平氏打倒を誓い合う。

これ以降の日本は?
平氏 VS 源氏

源氏の巻き返しが始まり
再び源平争乱の時代に突入

第15回
「兄と弟」

(4月17日放送)
11月26日 富士川の戦いで、敵前逃亡した平氏軍を情けなく思った清盛は軍事に専念することを決意。都を再び京都に戻し、後白河法皇に政権を返す。 第17回
「弁慶の泣き所」

(5月1日放送)
12月28日 東大寺や興福寺の僧兵が反平氏の旗あげしたため、平重衡は僧兵軍をうち破った後、東大寺と興福寺を焼き払った。 第17回
「弁慶の泣き所」

(5月1日放送)
1181 23 閏2月4日 平清盛死去。 第18回
「清盛死す」

(5月8日放送)
3月10日 叔父・源行家、尾張墨俣川の戦いで平重衡に敗れる。 第19回 
「兄へ物申す」

(5月15日放送)
7月14日 鶴岡八幡宮本殿上棟式の際、義経は、頼朝に大工の褒美としてあたえる馬を引けと命令され断ったが、頼朝が激怒したため、結局馬を引いた。

頼朝怒りレベル
大河ドラマの義経は、なぜ頼朝が自分に馬を引けと命じたのか理解していたため、素直に引きました。なので頼朝は怒りませんでした。
第16回
「試練の時」

(4月24日放送)
1183 25 5月11日 木曽義仲、倶利伽羅峠で平維盛率いる平氏軍を破る。 第21回
「いざ出陣」

(5月29日放送)
7月25日 平氏一門、安徳天皇・三種の神器とともに西国へ都落ちする。 第23回 
「九郎と義仲」

(6月12日放送)
7月28日 木曽義仲、京都に入る。

これ以降の日本は?
(平氏 VS) 木曽義仲 VS 源頼朝 

都落ちした平氏は、
義仲と頼朝が内輪で争っている間に
反撃の準備をする

第23回 
「九郎と義仲」

(6月12日放送)
9月19日 後白河法皇、木曽義仲に平氏追討を命じる。
11月17日 後白河法皇、木曽義仲たちが京都の人々に対し乱暴を繰り返したため、京都退去を命じる。
11月19日 怒った木曽義仲は、後白河法皇を監禁する。 第24回
「動乱の都」

(6月19日放送)
12月10日 木曽義仲は、後白河法皇に頼朝追討の院宣を出させる。
12月25日 義経と範頼は、頼朝の命を受け木曽義仲追討に向かう。 第24回
「動乱の都」

(6月19日放送)
1184 26 1月8日 木曽義仲、征夷大将軍となる。
1月20日 義経と範頼、宇治川の戦いで木曽義仲に勝利し、同日入京する。木曽義仲は義経軍に追討され戦死。義経はこれが初陣。

これ以降の日本は?
平氏 VS 源氏

反撃態勢が整った平氏と
天才義経との対決

第25回
「義仲最期」

(6月26日放送)
1月22日 後白河法皇、頼朝に平氏追討の院宣を下す。 第26回
「修羅の道へ」

(7月3日放送)
1月29日 義経と範頼、平氏追討に出陣。 第26回
「修羅の道へ」

(7月3日放送)
2月5日 義経、三草山の平氏軍に夜襲をかけ勝利。 第27回
「一の谷の奇跡」

(7月10日放送)
2月7日 義経と範頼、一ノ谷の戦いで平氏を破る。義経の奇襲「鵯越の逆落とし」が決め手となった。

梶原景時怒りレベル
義経自ら奇襲をかける戦い方は、梶原景時が考える大将論(頼朝のように後方に控えて指示を出す)を完全に否定するものであり、義経の才能に驚異しつつも嫉妬していた。

大河ドラマでは、景時は、三種の神器を奪い損ねた義経をチクリと指摘し、立ち去りました。
第27回
「一の谷の奇跡」

(7月10日放送)
2月9日 義経、京都に凱旋。そのまま京都に留まる。 第27回
「一の谷の奇跡」

(7月10日放送)
8月17日 朝廷、義経に左衛門尉・検非違使に任命する。さらに大夫判官の地位につき、院内の昇殿も許される。勝手に任官した義経に対し頼朝は激怒する。

頼朝怒りレベル

第29回
「母の遺言」

(7月24日放送)
9月2日 範頼、平氏追討にため西国へ向かう。 第29回
「母の遺言」

(7月24日放送)
1185 27 1月10日 範頼の苦戦に頼朝は義経を起用。平氏討伐のため京都を出発。 第30回
「忍び寄る魔の手」

(7月31日放送)
2月13日 義経に屋島攻撃の命令が下る。 第31回
「飛べ屋島へ」

(8月7日放送)
2月14日 船揃えの際、梶原景時と逆櫓をめぐって口論となる。

梶原景時怒りレベル
自分の提案が受け入れられれば、この戦いは自分レベルの平凡な戦いになり、義経はそれほど英雄あつかいされないだろうと考えたのかもしれない。
第31回
「飛べ屋島へ」

(8月7日放送)
2月17日 義経、暴風雨の中、阿波に向けて強制出航。 第31回
「飛べ屋島へ」

(8月7日放送)
2月19日 義経、屋島において平氏軍を撃破。同日夕刻、那須与一、平氏軍の船上に掲げられた扇の的を射落とす。 第32回 
「屋島の合戦」

(8月14日放送)
2月21日 平氏軍は志度浦に上陸し屋島を奪回しようとするも、義経軍に返り討ちにあい敗北。これにより平氏は制海権を失い、源平の戦いはほぼ決した。 第32回 
「屋島の合戦」

(8月14日放送)
2月22日 梶原景時らの主力部隊が到着するが、既に合戦は終わっており、今さら来ても遅すぎると人々にバカにされる。

梶原景時怒りレベル
これといったミスもせず正攻法で戦っているのに、いつも義経に功績をさらわれてしまう。

第33回 
「弁慶走る」

(8月21日放送)
3月22日 義経、船団を率いて壇ノ浦に到着。梶原景時は先陣を志願するが義経は認めず、太刀に手がかかるほどの口論となる。

梶原景時怒りレベル
何故こんな弱気で古い発想しかできないやつを自分につけたのだろうと以前から思っていた義経も怒りを爆発させた。
第35回 
「決戦・壇ノ浦」

(9月4日放送)
3月24日 義経、壇ノ浦の戦いで勝利。安徳天皇以下平氏一族入水により平家滅亡。


これ以降の日本は?
源頼朝 VS 抵抗勢力

ほぼ天下を手中にした頼朝は
抵抗勢力(義経・奥州藤原氏)
を処理していく

第35回 
「決戦・壇ノ浦」

(9月4日放送)
4月11日 義経の使者が鎌倉に到着。頼朝に壇ノ浦での勝利を報告する。 第37回
「平家最後の秘密」

(9月18日放送)

4月21日 義経を中傷する梶原景時の書状が頼朝のもとにが届く。それをまともに信じた頼朝は激怒する。

頼朝怒りレベル

第37回
「平家最後の秘密」

(9月18日放送)
4月24日 義経、京都へ凱旋。 第37回
「平家最後の秘密」

(9月18日放送)
4月29日 頼朝は、西国の武士に義経に従わないよう命じる。 第37回
「平家最後の秘密」

(9月18日放送)
5月7日 義経の弁明書が頼朝のもとにが届く。紙切れ一枚で解決できると思っている義経頼朝は激怒する。

頼朝怒りレベル

第38回
「遠き鎌倉」

(9月25日放送)
義経は、壇ノ浦で捕らえた平宗盛父子を護送するため鎌倉に向かう。 第38回
「遠き鎌倉」

(9月25日放送)
5月15日 義経、相模酒匂到着。頼朝鎌倉入りを許さず。 第38回
「遠き鎌倉」

(9月25日放送)
5月24日 義経、腰越状を大江広元に送り、誤解を解こうする。 第39回 
「涙の腰越状」

(10月2日放送)
6月9日 頼朝は、義経に捕虜を京都・奈良へ護送するよう命じる。結局鎌倉入りを許可されなかった義経は、頼朝への暴言を残し、京都に向かう。 第40回
「血の涙」

(10月9日放送)
6月13日 義経の暴言の噂を耳にし激怒した頼朝は、義経に分け与えていた平氏の旧所領24ヶ所をすべて没収した。

頼朝怒りレベル

第41回 
「兄弟絶縁」

(10月16日放送)
6月21日 義経、護送中の平宗盛父子を処刑する。 第41回 
「兄弟絶縁」

(10月16日放送)
8月 頼朝、京都の御家人に源行家追討を命じる。行家は義経に急接近し、協力して頼朝に敵対しようとした。 第42回 
「鎌倉の陰謀」

(10月23日放送)
9月2日 梶原景季、頼朝の命令で入京し、義経・行家を調査する。 第42回 
「鎌倉の陰謀」

(10月23日放送)
10月6日 鎌倉に戻った梶原景季の報告を聞いた頼朝は、謀反と判断。ついに怒りが爆発し義経追討を決意する。

頼朝怒りレベル

10月9日 土佐房昌俊、頼朝の命で義経追討のため入京。 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
10月11日 義経、後白河法皇に頼朝追討の院宣を迫る。(15日も) 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
10月17日 義経、土佐房昌俊の襲撃を受けるも撃退する。 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
10月18日 義経、後白河法皇から頼朝追討の院宣を得る。 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
10月26日 土佐房昌俊、義経の追っ手に捕らえられ斬首。 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
10月29日 頼朝義経追討のため鎌倉を出る。 第43回
「堀川夜討」

(10月30日放送)
11月6日 義経、大物浦より西国への都落ちを決意するが、暴風雨で家来離散。 第44回
「静よさらば」

(11月6日放送)
11月11日 諸国に義経・行家追討の院宣が下る。 第44回
「静よさらば」

(11月6日放送)
11月17日 静御前が吉野で捕らえられる。 第45回 
「夢の行く先」

(11月13日放送)
11月29日 頼朝義経追討を理由に諸国に守護・地頭を設置。 第45回 
「夢の行く先」

(11月13日放送)
1186 28 3月1日 静御前、鎌倉に送られる。 第46回
「しずやしず」

(11月20日放送)
3月6日 頼朝、静御前を尋問。 第46回
「しずやしず」

(11月20日放送)
4月8日 静御前、鶴岡八幡宮にて、頼朝、北条政子の前で舞を踊る。 第46回
「しずやしず」

(11月20日放送)
5月12日 源行家、和泉で捕らえられ斬首。 第45回 
「夢の行く先」

(11月13日放送)
6月13日 義経の母常盤、妹能子が捕らえられる。
閏7月10日 義経が比叡山に潜伏していたことが判明。 第46回
「しずやしず」

(11月20日放送)
閏7月29日 静御前、義経との男児を出産するが、由比ヶ浜に捨てられる。 第46回
「しずやしず」

(11月20日放送)
1187 29 2月10日 義経、北陸道を経由して奥州平泉の藤原秀衡のもとに身を寄せる。 第48回
「北の王者の死」

(12月4日放送)
10月29日 藤原秀衡死去。息子への遺言は、「義経を守れ」。 第48回
「北の王者の死」

(12月4日放送)
1188 30 2月21日 藤原秀衡の息子・泰衡に義経追討の院宣が下る。 第48回
「北の王者の死」

(12月4日放送)
10月12日 再度、泰衡に義経追討の命が伝えられ、従わない場合は奥州追討もあると伝わる。 最終回
「新しき国へ」

(12月11日放送)
1189 31 閏4月30日 義経、藤原泰衡の襲撃を受け、自害する。 最終回
「新しき国へ」

(12月11日放送)
9月3日 頼朝の28万の大軍を率いて奥州を攻め、奥州藤原氏は滅亡する。

これ以降の日本は?
源頼朝率いる源氏全盛期

天下統一した頼朝は、
1192年、征夷大将軍になり
鎌倉幕府を開いた。

最終回
「新しき国へ」

(12月11日放送)

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